フィジカルAIに打ち勝つミシン刺繍仕事

昨年、私は還暦を迎えた。元々好奇心旺盛な性格ではあったが、人工知能AIの登場によって、毎日のワクワク感が止まらない。

休日であれ夜中であれ、質問すればすぐに答えが返ってくる。
なんでも一人でこなさなければならない狭小規模事業者にとって、最高のプレゼントだと思う。

私はこれまで、仕事を続けていく中で大きな決断を何度かしてきた。
しかし、それがすべて正しかったとは言えない。

人に相談し、「止めておいた方がいい」という助言に従った結果、コロナ禍に見舞われ、のちに多大な損失につながった苦々しい経験もある。

あの時、AIがあったならと思う。

ただし、AIの答えをすべて鵜呑みにしてはいけないとも思っている。

自分の置かれている立場や、これまでの判例、数字など、判断の根拠となるものを出してもらい、最後は自分自身で決断する。
それがAIとの正しい向き合い方だと思っている。

とにかく、こんな東京の片田舎、蒲田の町工場にも、有能な秘書がやってきてくれたのだ。
ありがたいとしか言えない。

大田区で母の代から長く、「ミシン刺繍」というものづくりの仕事を続けてきた。

大田区といえば、町工場の街である。

私が小さかった頃、蒲田や下丸子辺りでは、鉄を切る金切り音が通りまで響き渡っていた。

工場の前には錆びた鉄の匂いが漂い、「鉄の鰹節」のような切りくずがドラム缶いっぱいに詰まっていた。今でも、その光景が目に浮かぶ。

蒲田にある、母の代からのお得意先のユニフォーム会社が、まだ平屋の店舗だった頃も覚えている。蒲田駅周辺も、ずいぶん変わった。

そして仕事のあり方も変わった。

以前なら地元のつながりで始まった仕事も、今ではホームページやSNSを通して、これまでまったく接点のなかった企業や学校、団体から声をかけていただくことがある。

一方で、どれほど時代が変わっても、実際に糸箱から糸を選び、服に刺繍枠を張り、ミシンを操作し、完成後の余分な糸を一本一本切って仕上げるのは人間である。

ここは、いくらフィジカルAIが発達しても、簡単には入り込めない分野なのではないかと思っている。

そう考えると、一見ジミジミに見えるミシン刺繍の仕事も、司法書士や弁護士、デザイナー、クリエイターを追い抜き、これからの時代は最強の仕事になるのかもしれない。

新しいものを取り入れながら、長年培ってきた技術は次の世代へ残していく。

これからは技術的なことは息子に任せ、私は少しずつ現場からバックヤードへとポジションを移す準備を着々と進めている。

これからの「町工場の経営」を考えることが、私の新しい仕事になるのかもしれない。

さあ、次は何をAIさんとしようかな。