会見から読み解く刺繍のナゾ


ななめポケットと胸ロゴ刺繍の奥深い世界
~職人は記者会見をこう見た~
先日、とある記者会見のビデオを見ていて、職業柄どうしても作業着の胸に入ったロゴ刺繍が気になってしまいました。
率直な感想を言えば「あ、やっちゃってるな」という感じです。
おそらく施工者は、指示書通りに「地面と平行」にきっちり刺繍を入れたのでしょう。真面目なお仕事です。ただ実際には、服を着た状態で見ると左が下がって右が上がって見えてしまう。これは刺繍あるあるのひとつです。
なぜズレて見えるのか?原因は2つ
- 色と余白による錯覚
ロゴの右端「I」の下には白い余白がたっぷり。対して左端の「S」マークの下は余白が少ない。結果、左側が沈んで見えるのです。 - 人体の立体構造
胸の中央はふくらみが強く、肩に向かうほど細くなっています。そのため、ふくらみのある側が上がって見え、肩に近い側が下がって見えてしまうのです。
プロの対処法:「ほんの少し」傾ける
こういう場合、実際の刺繍では、わざと文字列をほんの少し傾けます。
着用したときに水平に見えるよう調整するのが、職人の勘どころです。
つまり、指示通り=正解ではなく、仕上がりを想像してずらす=プロの仕事。
このあたりに刺繍の妙味があります。
そして気になる「右胸ロゴ」
さらに私が気になったのは、そもそも「なぜ右胸にロゴを入れたのか?」という点です。
一般的に胸ロゴは左に入れるのが王道。理由は文字が左から右に流れるので、左胸に置くと「視線の終点」として安定感が出るからです。
逆に右胸だと、文字のあとに余白がダラリと残ってしまい、尻切れトンボのような印象になります。
推論:なぜ右胸に?
- 推論1:裏に内ポケットがあり、刺繍枠がはめられなかった
→ ポケットがある場合は下糸が表に出るので画像を見てもランニングステッチの跡が無く、その可能性は低い
推論2:ポケット蓋裏に金物があり、刺繍枠がはめられなかった
→ ファスナーが金物だと丸枠がはめられない。ただし今はマグネット枠で回避可能です。 - 推論3:左ポケットに工具を入れる想定で、ロゴが隠れるから
→ しかし今回の服は左右のポケットのデザインが違っていて非常にデザイン性が高く、そのような着こなしは考えにくい。 - 推論4:デザイナーの気まぐれ
→ ……わたしはこれが一番しっくりきます。
刺繍はただ「真っ直ぐ縫う」だけではなく、
- 着用時にどう見えるか
- 色や余白による錯覚
- デザインとのバランス
こうした要素を踏まえて「ほんの少しのズラし」を加える必要があります。
職人が日々こだわっているのは、着用した時に美しくみえる「見た目の真っ直ぐさ」なのです。
次に作業着を見かけたら、ぜひ胸ロゴの角度をチェックしてみてください。
もしかしたら、その刺繍屋さんのセンスが垣間見えるかもしれませんね。
追記、
会見では社長さんはマイクを左手に持っていらっしゃたので、しっかりとロゴが見えていました。
もしかして、社長が左利きなので、右胸になった。とか・(推論5)